週報 2025年3月(1)

2025年3月1日(土)

 2月24日(月・祝)に接続詞から始まる60行くらいの詩を書きたいと思ったので、早速30行くらい書き、今日も30行くらい書いて一旦出来上がり。頭の中がどんな仕組みかわからないのだけれど、こういう詩を書きたいと思って書き始めると、たいていその通りの詩が出来上がる。単に詩を書きたいと思っているだけでもよい。だから、いつまで経ってもわたしは他人に詩の書き方が説明できない。今年はソネットに挑戦中なので、だいたいは14行で書き上がる。わたしは詩を書く装置で、世界側がいろいろインプットしてくるから詩が出来上がる感じ。

 日記も詩も感想文の類も手紙の下書きも全部同じノートに書いている。今日は10月下旬から1月末までのノートの日記部分を読み返していて、2024/6/1から2025/5/1の1年分の日記本を作れそうだと思った。6月から9月までの4ヶ月分はノートアプリで書いていたので、取捨選択して1つのテキストファイルにまとめている。その分量が意外とあるので、残り8ヶ月分を合わせれば余裕で100ページは超えるだろう。あまりページ数が多くなるのも読んでいて飽きがくる気がするから、長々と書いている日をまとめ直したり、収録する日を改めて取捨選択したりと編集は必要。
『戦略などなかった』を一度文学フリマのエッセイエリアで売ってみたくて、今年11月の文学フリマ東京41に出店するか迷っているのだけれど、日記本が作れそうだし、思い切って出ることにしようかしら。

 亡き祖母の教えのひとつが「あんたは身体が大きくて服にも靴にもお金がかかるし、美味しいものを食べるためにもしっかり働きなさい」というもので、分かりやすくて即物的なところが気に入っている。祖母は化粧品や子供服などの販売員として働いていた人なので、説得力がある。わたしが小さい頃はもう常勤ではなくて、確か応援要員として九州各地の百貨店に出向いていて、洋服とかご当地のお菓子とかを贈ってくれていた記憶がある。ついでに言えば、祖父は一通りの家事ができる人だったから祖母が家を空けても問題なかったのだ。
 その教えに従ってわたしは都市部で一人暮らしを成り立たせられるだけの収入をかろうじて得続けて、残業が続いた週などたまに金曜日の夜はデパ地下へ行ってケーキやフルーツサンドを買って帰る。昨日も直行からの残業だったので、白いちごのタルトを買って帰った。閉店間際だと少し値引きされているのも嬉しいところ。